2015年4月22日水曜日

大和天神山古墳(やまとてんじんやまこふん)

天理市柳本町に所在する前方後円墳。[古墳時代 前期 103m]
墳丘の東側は道路建設により消失。行燈山古墳(あんどんやまこふん)崇神天皇陵の西側に位置する。


リンク

天理市
ホーム > 各課のご案内 > 教育委員会 > 文化財課 > 古墳 > 大和天神山古墳
大和天神山古墳
一部抜粋:柳本町に所在する全長約103メートルの前方後円墳です。墳丘の東側は道路建設により消失しています。道路建設に先立って1960年におこなわれた発掘調査では、長さ6.1メートルの竪穴式石室が発見されました。…略…

wiki 大和天神山古墳


参考サイト

天理市観光協会のHPへようこそ
http://kanko-tenri.jp/
案内スポット・天神山古墳
http://kanko-tenri.jp/kanko_guidance/nanbu/tenzinyama_kofun.html
 (てんじんやまこふん)
 鏡や朱が埋葬された古墳

大和の古墳探索
http://74589594.at.webry.info/
大和天神山古墳(やまとてんじんやま)県史跡 作成日時:2008/07/19 20:40
http://74589594.at.webry.info/200807/article_17.html
 銅鏡23面と朱が42㌔も納められていた大和天神山古墳

奈良国立博物館
http://www.narahaku.go.jp/index.html
収蔵品データベース
重要文化財 奈良県天神山古墳出土品 23面 ほか
http://www.narahaku.go.jp/collection/d-727-0-1.html


大和天神山古墳 (やまとてんじんやまこふん):Googleマイマップ

2015年4月21日火曜日

ノベラ古墳(のべらこふん)

天理市柳本町に所在する前方後円墳。[古墳時代 前期前半 約69m]
発掘調査がおこなわれておらず、出土品も伝わっていない。


参考サイト

大和の古墳探索
http://74589594.at.webry.info/
ノベラ古墳(のべら) 作成日時:2008/07/18 10:58
http://74589594.at.webry.info/200807/article_14.html


ノベラ古墳 (のべらこふん):Googleマイマップ

石名塚古墳(いしなづかこふん)

天理市柳本町に所在する前方後円墳。[古墳時代 前期前半 117~124m]


リンク

google 画像検索 石名塚古墳


参考サイト

大和の古墳探索
http://74589594.at.webry.info/
石名塚古墳(いしなづか) 作成日時:2008/07/11 07:19
http://74589594.at.webry.info/200807/article_9.html


石名塚古墳 (いしなづかこふん):Googleマイマップ

2015年4月20日月曜日

ヲカタ塚古墳(をかたづかこふん)

天理市柳本(やなぎもと)町の龍王山麓に立地する古墳。[古墳時代 後期?約55m?]


参考サイト

天理大学
http://www.tenri-u.ac.jp/index.html
天理大学 | 歴史研究会、またまた、新たな発見!
http://www.tenri-u.ac.jp/topics/dv457k000000670i.html
 一部抜粋:
2007年11月02日 【クラブ】
歴史研究会、またまた、新たな発見!
レーダー探査で確認
ヲカタ塚古墳の調査結果を発表する天理大学歴史研究会
「…略…天理市柳本町のヲカタ塚古墳(6世紀)について、従来は、全長55mで前方部は北東にのびる可能性も指摘されていたが、調査の結果、全長は130m以上の規模で、前方部は南西に末広がりにのびることが判明、また、前方後円墳である可能性が一層強まったという。…略…」


ヲカタ塚古墳 (をかたづかこふん):Googleマイマップ
古墳の形状は「天理の古墳100」を参考にしました。

上の山古墳(うえのやまこふん)

天理市渋谷(しぶたに)町に所在する前方後円墳。景行天皇陵の陪塚(ばいづか)い号。[古墳時代 前期後半 144m]

備考

陪塚:ばいちょう
陪冢とも書く。古墳の一種。大きな古墳のそばにあたかもそれに従うようにつくられている小さい古墳をさす。しかし,陪塚と呼ぶ場合には,規模,内容などの点で主体となる古墳となんらかの関係がなければならず,ただ位置が近いというだけでは判断できない場合もある。「ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説」

陪塚:ばいづか
規模の大きい古墳の周囲に、平面的にみると規則的に配置された形になって築かれている、規模のより小さい古墳。陪冢(ばいちょう)とも陪墳ともいう。陪塚を備えた古墳を主墳というが、前方後円墳が多く、方墳もある。「日本大百科全書(ニッポニカ)の解説」


リンク

天理市
ホーム > 各課のご案内 > 教育委員会 > 文化財課 > 古墳 > 上の山古墳
上の山古墳
渋谷町に所在する全長約144メートルの前方後円墳です。渋谷向山古墳[景行天皇陵]のすぐ北側にあり、景行天皇陵陪塚として宮内庁が管理しています。


参考サイト

大和の古墳探索
http://74589594.at.webry.info/
上の山古墳(うえのやま)景行天皇陵陪塚 作成日時:2008/11/28 17:20
http://74589594.at.webry.info/200811/article_12.html
一部抜粋:見学記   
宮内庁管理の陪塚であるが西側くびれ部付近に神社が鎮座しています。


上の山古墳 (うえのやまこふん):Googleマイマップ

2015年4月19日日曜日

シウロウ塚古墳(しうろうづかこふん)

天理市渋谷(しぶたに)町に所在する前方後円墳。[古墳時代 前期?120m]

「天理の古墳100」より引用。
「渋谷町にある古墳で、…略… 埋葬施設や副葬品に関する知見はこれまでに得られておらず、築造時期など詳細は未解明である。」


シウロウ塚古墳 (しうろうづかこふん):Googleマイマップ

柳本大塚古墳(やなぎもとおおつかこふん)

天理市柳本町に所在する前方後円墳。[古墳時代 前期前半 94m]

リンク

wiki 柳本大塚古墳

天理市
ホーム > 各課のご案内 > 教育委員会 > 文化財課 > 古墳 > 柳本大塚古墳
柳本大塚古墳
柳本町に所在する全長約94メートルの前方後円墳です。かつて開墾中に石室が露出し、大形内行花文鏡が出土しました。


参考サイト

大和の古墳探索
http://74589594.at.webry.info/
柳本大塚古墳(やなぎもとおおつか) 作成日時:2009/02/14 14:23
http://74589594.at.webry.info/200902/article_9.html
 国内最古級の幻の木棺発見!!


柳本大塚古墳 (やなぎもとおおつかこふん):Googleマイマップ

小半坊塚古墳(こはんぼうづかこふん)

奈良県天理市杣之内町に所在した前方後円墳。[古墳時代 前期 約85m?]

小半坊塚古墳の痕跡(上が北) 昭和21(1946)年に米軍が撮影
小半坊塚古墳の痕跡(上が北)
昭和21(1946)年に米軍が撮影した写真。塚穴山古墳の北東方に削平された前方後円墳の痕跡が認められる。
出典:天理の古墳100
小半坊塚古墳出土埴輪
小半坊塚古墳出土埴輪
上方に向かってすぼまる特異な形態の埴輪。
出典:天理の古墳100













「天理の古墳100」より引用。
「仙之内町に所在した前方後円墳である。昭和18(1943)年に海軍の運動場建設により破壊されたが、この際に簡素な調査がおこなわれた。出土したとされる円筒埴輪は口緑部と直下の突帯(とったい)が近接したもので、上方に向かってすぼまる特異な形状をしている。…略…」


リンク

wiki 杣之内古墳群
杣之内古墳群(そまのうちこふんぐん)は、奈良県天理市にある古墳群。石上神宮の南、山辺の道沿いに分布する。
一部抜粋:
小半坊塚古墳 - 西山古墳の北約200メートルのところにあった前方後円墳。全長92メートル、後円部直径52メートル、前方部を西に向けていた。西山古墳と同じく古墳時代前期の築造だが、第2次世界大戦中に消滅した。


小半坊塚古墳 (こはんぼうづかこふん):Googleマイマップ


2015年4月18日土曜日

笠神山古墳(かさかみやまこふん)

天理市仙之内町に所在する前方後円墳。杣之内古墳群。円筒埴輪や須恵器、桂甲(小札)などが採集されている。

笠神山古墳墳丘測量図(S=1:1,000)
笠神山古墳墳丘測量図(S=1:1,000)
後円部には横穴式石室が破壊されたことによるものとみられる痕跡がある。
出典:天理の古墳100









「天理の古墳100」より引用。
「仙之内町に所在する前方後円墳である。標高110m付近の丘陵上に築かれている。発掘調査は実施されていないが、平成2(1990)年に天理大学歴史研究会が墳丘測量調査をおこなった。また、円筒埴輪や須恵器、桂甲(小札)などが採集されている。」


リンク

wiki:桂甲(けいこう)
挂甲(けいこう)は、古代日本で用いられた鎧の形式のひとつ。
古墳時代の挂甲
鉄や革でできた小札(こざね)を縦横に紐で綴じ合わせて作成され、胴体の周囲を覆い前面や両脇で引き合わせて着用する。兜や肩鎧・膝鎧などのパーツが付属する。大陸の騎馬民族の鎧の影響が強くうかがえる。


笠神山古墳 (かさかみやまこふん):Googleマイマップ

2015年4月17日金曜日

西・東天井山古墳(にし・ひがしてんじょうやまこふん)

天理市杣之内(そまのうち)町に所在する円墳。東天井山古墳、西天井山古墳と並んでいる。杣之内古墳群。

東天井山古墳 南側から撮影
東天井山古墳を南側から撮影
(2015.4.16)
東・西天井山古墳 東側から撮影
東・西天井山古墳を東側から撮影
(2015.4.16)
東・西天井山古墳 北側から撮影
東・西天井山古墳を北側から撮影
(2015.4.16)
東・西天井山古墳を北側から撮影
東・西天井山古墳を北側から撮影
(2015.4.16)
東・西天井山古墳 西側の奈良県道51号天理環状線から撮影
東・西天井山古墳を西側の奈良県道51号天理環状線から撮影
(2015.4.16)








西天井山・東天井山古墳 墳丘測量図(S=1:1,500)
西天井山・東天井山古墳 墳丘測量図(S=1:1,500)
尾根筋上に2基の円墳が近接して築かれている。
出典:天理の古墳100






「天理の古墳100」より引用。
一部抜粋:
「…発掘調査は実施されていないが、昭和52(1977)年に天理大学歴史研究会が墳丘測量調査をおこなった。西天井山古墳は直径28mの円墳で、墳丘には埴輪片が散布している。東天井山古墳は直径37mの円墳で、墳丘斜面に葺石が露出するほか、円筒埴輪、家形埴輪、蓋形埴輪などが採集されている。…略…」


参考サイト

ファイル:杣之内古墳群-L.jpg
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:%E6%9D%A3%E4%B9%8B%E5%86%85%E5%8F%A4%E5%A2%B3%E7%BE%A4-L.jpg#filelinks
杣之内古墳群(奈良県天理市)の分布図
東天井山古墳の位置は、天理大学歴史研究会の資料にしたがった。『大和の古墳』では150mほど北東にある丘陵に示されている。

奈良の名所・古跡
行ってみたい所があるといいのですが・・・古墳とか建物とか巨樹とかいろいろ・・・
http://blog.goo.ne.jp/fineblue7966
東・西天井山古墳・須川山古墳
http://blog.goo.ne.jp/fineblue7966/e/1997564aa66476765c6d591c55ccbe3d

天理大学歴史研究会
http://tenrirekiken.web.fc2.com/
杣之内そまのうち古墳群
http://tenrirekiken.web.fc2.com/cho/p12.html


東・西天井山古墳:Googleマイマップ