2015年4月16日木曜日

保昌塚古墳(ほしょうづかこふん)

奈良県天理市杣之内(そまのうち)町に所在するお椀を伏せたような小さな古墳。北東方向に峯塚古墳がある。杣之内古墳群。

保昌塚古墳 西側から撮影 (2015.4.16)
保昌塚古墳を西側から撮影
(2015.4.16)
保昌塚古墳 西側から撮影 (2015.4.16)
保昌塚古墳を西側から撮影
(2015.4.16)
保昌塚古墳 北西側から撮影 (2015.4.16)
保昌塚古墳を北西側から撮影
(2015.4.16)
保昌塚古墳 北側から撮影 (2015.4.16)
保昌塚古墳を北側から撮影
(2015.4.16)












リンク

google 画像検索 保昌塚古墳


参考サイト

天理大学歴史研究会
http://tenrirekiken.web.fc2.com/
保昌塚古墳
http://tenrirekiken.web.fc2.com/cho/p13.html

奈良の名所・古跡
行ってみたい所があるといいのですが・・・古墳とか建物とか巨樹とかいろいろ・・・
http://blog.goo.ne.jp/fineblue7966
保昌塚古墳
http://blog.goo.ne.jp/fineblue7966/e/956f2c57199941db44faff9e23d13a15


保昌塚古墳 (ほしょうづかこふん):Googleマイマップ

2015年4月15日水曜日

竜王山古墳群(りゅうおうざんこふんぐん)

天理市柳本町・渋谷町に所在する。龍王山西麓、西門川沿いの谷に展開する古墳群。横穴式石室を埋葬主体とする円墳と墳丘を持たない横穴墓(おうけつぼ)が600基以上分布する。

龍王山古墳群の分布 出典:天理の古墳100
龍王山古墳群の分布
図中に緑色の点で表しているのが墳丘のある古墳。同一域内には墳丘を持たない横穴墓も300基程度確認されている。古墳と横穴墓が共存していることも本古墳群の特色としてあげられる。
出典:天理の古墳100
龍王山古墳群の調査 墳丘をもたない横穴墓
龍王山古墳群の調査
写真はE地区の墳丘をもたない横穴墓。
出典:天理の古墳100









「天理の古墳100」より引用。
「龍王山古墳群は龍王山西麓の谷(西門川)沿いに展開する古墳群である。横穴式石室を埋葬主体とする円墳と墳丘を持たない横穴墓(おうけつぼ)が合計600基以上分布しており(1,000基以上という説もある)、古墳時代後期から終末期にかけて造営された県内最大規模の後期群集填である。昭和59~60(1984~85)年度に西門川の砂防事業に伴って奈良県立橿原考古学研究所が調査をおこない、60基程度の古墳について埋葬施設の記録が作成された。…略…」


リンク

google 画像検索 竜王山古墳群


参考サイト

大和の古墳探索
http://74589594.at.webry.info/
竜王山古墳群(りゅうおうざん) 作成日時:2008/08/14 10:40
http://74589594.at.webry.info/200808/article_13.html
一部抜粋:
崇神陵と景行陵の間から竜王山に至る谷筋に沿ってある我が国最大級の群集墳。約600基が確認されているが埋没古墳も多く1000基以上の可能性も・・。

天理市観光協会のHPへようこそ
http://kanko-tenri.jp/
案内スポット・龍王山古墳群
http://kanko-tenri.jp/kanko_guidance/nanbu/ryuuouzan_kofungun.html
 県下で最大級の群集墳
龍王山の西側山麓、標高150~450mの高さに点在しています。杉林となっている所が多く、1、2m程盛り上がった場所が古墳です。

近畿日本鉄道
http://www.kintetsu.co.jp/
近鉄てくてくまっぷ(奈良-12) 龍王山展望コース 約10km
http://www.kintetsu.co.jp/zigyou/teku2/teku-nara12.html
一部抜粋:
龍王山へは、緩傾斜で距離が長い南回りルートと短距離だが急坂の北側ルートで、本コースは南から登って北側へ下る。行橙山古墳(崇神陵)の東側を回り込んで谷筋に入り、龍王山古墳群、南北龍王山城跡を巡る。
「てくてくまっぷ」PDFファイルがダウンロードできます。


竜王山古墳群 (りゅうおうざんこふんぐん):Googleマイマップ

石上・豊田古墳群(いそのかみ・とよだこふんぐん)

天理市石上町・別所町・豊田町・岩屋町付近、豊田山丘陵、平尾山丘陵に広がる古墳群。

石上・豊田古墳群の分布 出典:天理の古墳100
石上・豊田古墳群の分布

古墳群のうち中型の円墳はほぼ丘陵の屋根上に築かれているのに対し、小型の円墳は尾根の端部に密集するという達いがある。

出典:天理の古墳100










「天理の古墳100」より引用。
「石上・豊田古墳群はいわゆる豊田山丘陵に立地する古墳群である。2基の大型前方後円墳(ウワナリ塚古墳・石上大塚古墳)のほか200基ほどの円墳が群集している。…略… これまでに、岩屋谷以北では西山1・2号墳、岩屋大塚古墳、ハミ塚古墳の発掘調査が実施されている。岩屋谷以南では平尾山1・2号墳、アミダヒラ支群、狐ケ尾支群、ホリノヲ支群、石峰支群、石上北支群、タキハラ支群の調査がおこなわれている。…略… 石上・豊田古墳群では鍛冶に関わる遺物が出土する古墳が目立つ。石峰南2号墳から鞴羽口(ふいごはぐち)と鉄滓(てっさい)、石上北A5号墳、石上B3号墳、タキハラ3号墳から鉄滓、ホリノヲ2号墳から鉄鉗・金槌が出土している。石上・豊田古墳群の成立には布留遺跡の工人集団が密接に関わったと考えられている。」

めも:
鉄鉗:カナバシ、カナハシ
 鍛冶に使う鉄材を挟む道具。別名 金箸、かなばさみ
鉄滓(てっさい):テツクズ、スラッグ、ノロ
 製鉄のさいの残りかす。

ブログ内リンク:
狐ヶ尾8,9号墳(きつねがお8,9ごうふん)
ウワナリ塚古墳(うわなりづかこふん)


参考サイト

天理市観光協会のHPへようこそ
http://kanko-tenri.jp/
案内スポット・石上豊田古墳群
http://kanko-tenri.jp/kanko_guidance/hokubu/isonokami_toyoda_kofungun.html
 (いそのかみ・とよだこふんぐん)
 物部氏の奥津城


石上・豊田古墳群 (いそのかみ・とよだこふんぐん):Googleマイマップ

2015年4月14日火曜日

御墓山古墳(おおばかやまこふん)

天理市上総(かんさ)町に所在する前方後円墳。周濠からは埴輪や須恵器、大型鳥形木製品、大刀形木製品、石見(いわみ)型木製品、笠形木製品、翳(さしば)形木製品が出土。

御墓山古墳 北側、上総池の土手から撮影 (2015.4.12)
御墓山古墳を北側、上総池の土手から撮影
(2015.4.12)
御墓山古墳 北東から撮影 (2015.4.12)
御墓山古墳を北東から撮影
(2015.4.12)
御墓山古墳 北西から撮影 (2015.4.12)
御墓山古墳を北西から撮影
(2015.4.12)
御墓山古墳 西から撮影 (2015.4.12)
御墓山古墳を西から撮影
(2015.4.12)
御墓山古墳 西から撮影 (2015.4.12)
御墓山古墳を西から撮影
(2015.4.12)
御墓山古墳 南から撮影 (2015.4.12)
御墓山古墳を南から撮影
(2015.4.12)
御墓山古墳 南から撮影 (2015.4.12)
御墓山古墳を南から撮影
(2015.4.12)
御基山古墳 墳丘測量図(S=1:1,000)
御基山古墳 墳丘測量図(S=1:1,000)
墳丘は現状では2段になっているが、これが本来の姿をとどめたものかどうかは明らかになっていない。
出典:天理の古墳100
御基山古墳 石見型木製品 儀杖(ぎじょう)を表現したと言われる木製品
御基山古墳 石見型木製品
儀杖(ぎじょう)を表現したと言われる木製品。市内では小墓古墳でも出土例がある。
出典:天理の古墳100
木製品出土状況 御墓山古墳
木製品出土状況
出典:天理市埋蔵文化財調査槻報
平成4・5年度(1992・1993年)
1996 天理市教育委員会
墳丘上の石塔 御墓山古墳
墳丘上の石塔
出典:天理市埋蔵文化財調査槻報
平成4・5年度(1992・1993年)
1996 天理市教育委員会
御墓山古墳 北から撮影 (2015.4.12)
御墓山古墳を北から撮影(2015.4.12)
画面中央の柵に囲われた藪の中に石塔が残されているようです。(未確認)









「天理の古墳100」より引用。
「上総町に所在する前方後円墳である。王墓山古墳と表記されることもある。周辺には平坦な地形が広がり、近隣に他の古墳はみられない。この古墳は江戸時代に陵墓調査が実施された際に、一時的に景行天皇陵に比定されたこともある。平成5(1993)年度に天理市教育委員会が墳丘東側で発掘調査をおこなった。この調査では後円部東側から前方部東側にかけて周濠を連続的に検出した。調査成果を踏まえて墳丘規模を復元すると、全長約74m、前方部幅約50mとなる。東側くびれ部には造り出しが取り付いている。…略……」


リンク

天理市
ホーム > 各課のご案内 > 教育委員会 > 文化財課 > 古墳 > 御墓山古墳
御墓山古墳
上総町に所在する全長約74メートルの前方後円墳です。


参考サイト

大和の古墳探索
http://74589594.at.webry.info/
御墓山古墳(おおばかやま)作成日時:2012/12/04 14:02
http://74589594.at.webry.info/201212/article_2.html


御墓山古墳 (おおばかやまこふん):Googleマイマップ

2015年4月13日月曜日

別所大塚古墳(べっしょおおつかこふん)

天理市別所町に所在する前方後円墳。石上(いそのかみ)・豊田古墳群。

斬池 別所大塚古墳 南西から撮影
斬池と別所大塚古墳。
南西から撮影(2015.4.12)
別所大塚古墳 南から撮影 (2015.4.12)
別所大塚古墳。
フェンスのある所は斬池の土手。
南から撮影(2015.4.12)
別所大塚古墳 斬池と大池の間の道へ出る手前 南東から撮影
画面奥の竹林が別所大塚古墳、斬池と大池の間の道へ出る手前。
南東から撮影(2015.4.12)
斬池 別所大塚古墳 斬池と大池の間の土手の道 東から撮影
斬池と別所大塚古墳。斬池と大池の間の土手の道。
東から撮影(2015.4.12)
斬池 別所大塚古墳 東から撮影 (2015.4.12)
斬池と別所大塚古墳。
東から撮影(2015.4.12)
別所大塚古墳 左は大池 北東から撮影 (2015.4.12)
別所大塚古墳。 左は大池。
北東から撮影(2015.4.12)
斬池 別所大塚古墳 南から撮影 (2015.4.12)
斬池と別所大塚古墳。
南から撮影(2015.4.12)
別所大塚古墳 墳丘測量図(S=1:1,500)
別所大塚古墳 墳丘測量図(S=1:1,500)
後円部に南向きに開く掘削跡があり、横穴式石室の跡とされる。
出典:天理の古墳100
空からみた別所大塚古墳(北から)
空からみた別所大塚古墳(北から)
墳丘の北側(画面下側)には周濠と外堤がよく残っている。
出典:天理の古墳100








「天理の古墳100」より引用。
「別所町集落の東北側に位置する全長約125mの前方後円墳である。…略… これまでに発掘調査はおこなわれていないが、明治26(1893)年に作成された『大和國古墳墓取調書』によると、「五尺四方斗(ばかり)ノ石棺ヲ出シ」とされている。石室が破壊されたことがうかがえるほか、多数の副葬品が出土したことも伝えられている。…略……」


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天理市
ホーム > 各課のご案内 > 教育委員会 > 文化財課 > 古墳 > 別所大塚古墳
別所大塚古墳
別所町に所在する全長約125メートルの前方後円墳で、古墳の北側半分のみ周濠を築いています。

google 画像検索 別所大塚古墳


参考サイト

天理市観光協会のHPへようこそ
http://kanko-tenri.jp/
案内スポット・別所大塚古墳
http://kanko-tenri.jp/kanko_guidance/hokubu/bessyoootuka_kofun.html
 古墳時代後期後半の前方後円墳

大和の古墳探索
http://74589594.at.webry.info/
別所大塚古墳(べっしょおおつか)作成日時:2008/10/20 19:49
http://74589594.at.webry.info/200810/article_11.html


別所大塚古墳 (べっしょおおつかこふん):Googleマイマップ

2015年4月12日日曜日

櫟本高塚遺跡(いちのもとたかつかいせき)

天理市櫟本(いちのもと)町に所在する遺跡。一部が保存され櫟本高塚公園として整備されている。

「天理の古墳100」より引用。
「東大寺山丘陵の北側斜面に所在する遺跡である。昭和57(1982)年に天理市教育委員会と埋蔵文化財天理教調査団が実施した発掘調査で、丘陵斜面を切り閲いた平坦地が見つかった。…略… 平坦面が祭祀(さいし)場で、掘立柱建物を中心として高杯を用いた祭祀がおこなわれていたと考えられている。現在は一部が保存され遺跡公園として活用されている。」

空からみた 櫟本高塀遺跡(北から) 出典:天理の古墳100
空からみた櫟本高塀遺跡(北から)
出典:天理の古墳100

::さいし【祭祀】神々や祖先などをまつること。祭典。祭儀。まつり。
櫟本高塚遺跡 調査区平面図(縮尺:400分の1)
調査区平面図(縮尺:400分の1)

出典:天理市埋蔵文化財調査概報
昭和61・62年度
1988 天理市教育委員会
櫟本高塀遺跡 (第2次) 1号墳全景(南方から)
櫟本高塀遺跡(第2次)
1号墳全景(南方から)

出典:天理市埋蔵文化財調査概報
昭和61・62年度
1988 天理市教育委員会
櫟本高塚遺跡 1号墳全景(西方から)
1号墳全景(西方から)

出典:天理市埋蔵文化財調査概報
昭和61・62年度
1988 天理市教育委員会









リンク

天理市
ホーム > 施設のご案内 > 都市公園 > 都市計画公園 櫟本高塚公園
櫟本高塚公園(いちのもとたかつかこうえん)
櫟本高塚公園は、古代の豪族和邇(わに)氏にまつわるとされる、櫟本高塚遺跡を保存し、周辺一帯を公園として活用するために整備されました。


参考サイト

天理市観光協会のHPへようこそ
http://kanko-tenri.jp/
案内スポット・櫟本高塚公園
http://kanko-tenri.jp/kanko_guidance/hokubu/ichinomoto_takatuka.html
「ワニ氏の祭祀場跡」
一部抜粋:
「…略…昭和57年に行われた発掘調査で、6世紀後半(古墳時代後期)に山の中腹を切り開いて造った、広い平坦地が見つかりました。上方の斜面には竪穴住居が2棟、平坦地の中央北寄りには特殊な建物が1棟、平坦面の南東側には斜面を掘り込んで造成した方形の檀と柱列がありました。さらに、特殊な建物の北側斜面では高杯(供物を載せる土器)の破片が、散乱した状態で多数、見つかりました。…略…」


櫟本高塚遺跡 (いちのもとたかつかいせき):Googleマイマップ

2015年4月11日土曜日

和爾小倉谷古墳群(わにおぐらだにこふんぐん)

天理市和爾町小倉谷、白川溜池のダムの北側の古墳群。3基の横穴式石室が元の位置から北西へ約120mの古墳公園に移築保存されている。

「天理の古墳100」より引用。
「白川溜池のダム工事に伴って平成3(1991)年に奈良県立橿原考古学研究所が発掘調査をおこなった古墳群で、3基の古墳から横穴式石室が見つかった。…略…見つかった横穴式石室は現在は白川溜池北側の古墳公園内に移築保存されている。」

和爾小倉谷古墳群  移築された横穴式石室
和爾小倉谷古墳群
 移築された横穴式石室
 出典:天理の古墳100












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google 画像検索 和爾小倉谷古墳群


参考サイト

大和の古墳探索
http://74589594.at.webry.info/
和爾小倉谷古墳群(わにおぐらだに) 作成日時:2009/01/09 16:48
http://74589594.at.webry.info/200901/article_4.html

ええ古都なら
http://www.nantokanko.jp/index.html
白川ダム(しらかわだむ)
http://www.nantokanko.jp/mytown2011062.html
一部抜粋:……万葉の森と名付けられた緑地もあり、市民の憩いの場となっている。大和青垣国定公園の緑のなかには古墳も数多く存在。白川ダム建設工事の際にも和爾小倉谷古墳群が発見され、1、2、3号墳から石室が見つかった。これらは移築されて、古墳公園として整備されている。…略…


和爾小倉谷古墳群 (わにおぐらだにこふんぐん):Googleマイマップ

2015年4月10日金曜日

和爾古墳群(わにこふんぐん)

天理市和爾町で発掘された、約500基と推定される大古墳群。

「天理の古墳100」より引用。
「…略…平成16(2004)年に奈良県立橿原考古学研究所がおこなった発掘調査では、水田下から直径15m前後の古墳が多数発見された。…略…未調査地を含めると全体で350~500基を数える群集墳と想定され、龍王山古墳群や石上・豊田古墳群につづく大規模な群集填であることがわかった。」
和爾古墳群の分布(S=1:5,000)
和爾古墳群の分布(S=1:5,000)

圃場整備事業に伴う発掘調査では水田下に埋没した古墳が多数検出された。

 出典:天理の古墳100











和爾古墳群 (わにこふんぐん):Googleマイマップ

2015年4月9日木曜日

上殿古墳(うえどのこふん)

天理市和爾町に所在した円墳。短甲や銅鏃などの武器・武具、鉄製の柄付手斧などの鉄製工具、鍬形石をはじめとする腕輪形石製品が多数副葬されていた。

「天理の古墳100」より引用。
「和爾町に所在した円墳である。昭和34(1959)年に土砂採取により破壊されることとなり、奈良県教育委員会により発掘調査が実施された。墳頂部の平坦面の縁辺には円筒埴輪が立てられていた。中央には家形埴輪を置き、底部に穴を聞けた壺形土器で囲んだ区画の下に、長方形の粘土槨が作られていた。……略……」

上殿古墳 墳丘測量図
上殿古墳 墳丘測量図(S=1:500)
粘土槨は長さ6.7m。棺外に置かれた副葬品は良好に残っていた。平成15(2003)年度の再調査で直径30mの円墳と判明。

出典:天理の古墳100
上殿古墳 銅鏃
上殿古墳 銅鏃

出典:天理の古墳100











銅鏃(どうぞく)
青銅製の鏃(やじり)。日本では弥生時代から古墳時代前半にかけて使用された。
 (デジタル大辞泉の解説)


参考サイト

奈良県立橿原考古学研究所【発掘情報】
http://www.kashikoken.jp/from-site/
和爾遺跡第14・15次調査 現地見学会資料(2002年9月23日)
http://www.kashikoken.jp/from-site/2002/wani1.html
 遺跡周辺地図
 …略…12.栗塚遺跡 13.上殿古墳 14.野田古墳…略…


上殿古墳 (うえどのこふん):Googleマイマップ

2015年4月8日水曜日

東大寺山古墳(とうだいじやまこふん)

天理市櫟本町に所在する前方後円墳。副葬品の中に、24文字を金象嵌で表し、「中平」の紀年銘を持つ鉄刀があった。金象嵌銘花形飾環頭大刀(重要文化財)。

東大寺山古墳 墳丘測量図(S=1:2,000)
東大寺山古墳 墳丘測量図(S=1:2,000)
出典:天理の古墳100















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wiki 東大寺山古墳 (とうだいじやまこふん)

google 画像検索 東大寺山古墳

天理市
ホーム > 各課のご案内 > 教育委員会 > 文化財課 > 古墳 > 東大寺山古墳
東大寺山古墳
櫟本町に所在する全長約140メートルの前方後円墳、現在は竹藪におおわれている。


参考サイト

天理市観光協会のHPへようこそ
http://kanko-tenri.jp/
案内スポット・東大寺山古墳 (とうだいじやまこふん)
http://kanko-tenri.jp/kanko_guidance/hokubu/toudaiziyama_kofun.html
 中国の年号銘を象嵌した大刀が出土した古墳

大和の古墳探索
http://74589594.at.webry.info/
東大寺山古墳(とうだいじやま)作成日時 : 2010/10/08 10:42
http://74589594.at.webry.info/201010/article_2.html
 出土した鉄刀に年号が刻まれていた事で有名な東大寺山古墳

Don Pancho
http://www.bell.jp/pancho/
橿原日記 平成23年07月02日
東大寺山古墳の紀年銘鉄刀が語る卑弥呼の共立
http://www.bell.jp/pancho/k_diary-5/2011_07_02.htm
 東博の平成館企画展示室で特別展示されている東大寺山古墳出土の紀年銘鉄刀

東京国立博物館 - トーハク
http://www.tnm.jp/
東大寺山古墳の銘文大刀
http://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=358
 平成館 考古展示室   2005年7月20日(水) ~ 2005年9月19日(月)
 重要文化財 金錯銘花形飾環頭大刀(部分)


東大寺山古墳 (とうだいじやまこふん):Googleマイマップ